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3月11日

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3月11日です。
5年前の今日、私は自宅の居間で在宅酸素療法の説明を聞いていました。長く続いた揺れの後、呆然とテレビに映し出される光景を見つめました。酸素供給会社の担当者と一緒に。画面を見ていることしかできず、つくづく無力であることを思い知った日です。
あの時何をしていたのか、ずっと思い出す日があります。3月11日は日本中の人たちが、あの時何をしていたのか思い出す日になりました。私にとっては酸素療法が始まった日でもあります。

私の療養生活について少し書きたいと思います。
現在私は24時間酸素を吸入している必要があります。膠原病の一種である強皮症による肺疾患によって、成人の半分程度しか酸素を体内に取り込めないからです。
2012年の秋には、当時入院していた病院で二つ目の難病、原発性胆汁性肝硬変が分かり、肺疾患も進行し、余命を告げられました。その時余命1年、でした。
しかし、その後大学病院に転院し、膠原病の専門医にかかったおかげで、その時の余命を超えて現在も何とか生活しています。病院や主治医を選ぶことは大切なことです。私の転院が5年早かったら、今の私の病状は違ったものになっていた可能性が大きいと私は考えています。私は追い詰められるまで転院を言い出せなかった。無知で非力でした。

私は年に何回か海外のイベントにも参加しています。その時の準備などをお話ししたいと思います。
私は2011年にアメリカ製の携帯用酸素生成機を購入しました。残念ながら、携帯用酸素生成機は日本で生産も販売もしていないため、シカゴに住む友人宅へ販売元から機械を送ってもらい、連れ合いがシカゴまで取りに行き手荷物で持ってきました。バッテリーが付いているために、普通に郵送することは難しいのです。日本で販売もしていないので、故障しても修理してくれるところもありません。2012年に故障した時には、アメリカの販売元と数十回のメールのやりとりと、言葉が分からない電話で四苦八苦し、航空便で送り数か月かかって修理し戻してもらったのでした。日本製があったらどんなに心強いかと思います。身近に先人がいないので、全て自力で調べ、手続きしなければならなかったので、今振り返ると我ながら良くやったなぁと思います。
この酸素生成機を持って旅をしますが、航空機に搭乗するには事前の申し込みと医師の診断書が必要です。ゲートへの移動と通関は車椅子を利用します。いまのところエコノミークラスでは電源につなげないので、手荷物に重い交換用のバッテリーを入れて持って行きます。アメリカ便やヨーロッパ便では必ずバッテリーの交換が必要です。ホテルにチェックインしたら、まずバッテリーの充電をしなければなりません。就寝中も電源に繋いでおく必要があります。延長コードは必需品です。これら酸素生成機や荷物の管理は連れ合いに頼っています。彼は私にとってなくてはならない看護人です。私は沢山の人に助けられてやりたいことが出来ていると、つくづく思っています。

Facebookやブログやメールなどでは私の疾患が分からないので「付き合いの悪い奴」と思われている可能性は大きいのですが、イベントや会合などに参加したくてもなかなか出来ないのです。それでも誘っていただいているのは、本当にありがたいことだと思っています。
これからも出来る範囲で、体調が許す限り「ミニチュア作り」を楽しんでゆきたいと思います。Chicago International Miniature Showへの出発も1ヶ月後になりました。無事彼の地に立てるように今から準備します。