December 2010 Archives

年末

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2010年もあと少し。
私はやっと退院しました。
ちょっと長かった今回の入院で、もう無理できないことを痛感しました。
そして、まだ活動できる内にやりたいことをなるべくしたいと…
したいことリストを作って、優先順位を付けるのもいいかもしれません。

皆様、どうぞよいお年をお迎えください。来年が健康で充実した年になりますように。

クリスマス

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クリスマスイブの夜は病院でもクリスマスのご馳走(?)が出ました。焼いた鳥にサラダとスープ、イチゴの入ったロールケーキも。クリスマスカードも付いていました。差出人は「栄養科」。

強皮症のことを調べていたら、日本の患者数は6000人余り。少ないんですね、患者数。男女比も1:9で女性に圧倒的に多い。原因は解明されていないが、進行を止める事が出来るようになった。そして難病指定されている。

入院していると、病気って本当に様々だと感じます。そして、治療法も確立されたものではないのだな、と。
点滴のバッグを提げたまま退院する人もいますし、退院の当日発作が起きる人もいます。
点滴バッグは自宅にいる間自分で交換するそうで、病院でやり方を習い練習し、宅配便で点滴バッグを自宅に送ってから退院した若いお母さんもいました。

今朝は病室から朝日を受けた富士山が見えました。真っ白。

朝焼け

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まだ新しい薬の副作用は出ていない。これから服薬量を増やすそうなので、それでどうなるか。
点滴の効果が今頃出始めたのか、咳が少なくなって、歩いても息切れしにくくなりました。

今日は病院の敷地の中をぐるりと散歩してみました。普通に歩けそうだ。
病棟の隣に看護学校があって、その庭は誰も来ないのかな、道は苔むしているし、落ち葉がつもり、夏みかんが沢山なっていた。


今朝は朝焼けがきれいだったので、写真を撮ってみたが、朝焼けだの夕焼けだのって、なかなか見たようには写らない。

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免疫抑制剤

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点滴治療の結果が思わしくなかったので、別の免疫抑制剤の経口投与が始まった。「エンドキサン」古くからある抗ガン剤だそうで、副作用がまがまがしい。

脱毛、吐き気嘔吐、発疹、白血球減少、骨髄抑制、出血性膀胱炎。
そして、抗ガン剤のくせに、発ガン性がある!

免疫力が低下するので、退院はまだ先です。
幸い、副作用はまだ出ていません。

「1週間ほど検査入院しましょう」って言われて入院したんだけれどな。もう11日です。

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昨日の昼食は「ラーメン」でした。冬至だからカボチャと小豆の煮物と。
病院食も変わってきているかも。

お笑いin病院

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今夜、病院看護自治会主催の「吉本興業の若手お笑いライブ」がありました。講堂にて5時半から6時45分まで。なぜか夕食時間に引っかかる。年に1度のイベントだそうなので、見に行ってきました。笑いは免疫力を高める、とか。

「天狗」「ジョイマン」「5GAP」「松下笑一」「ショウショウ」聞いたことがあるのはジョイマンくらい。若手と言っても、皆芸歴10年近く30代のおっさん達。

なにはともあれ、長い病院の一日を過ごす身にとっては有り難い催しでした。戻ってからの夕食(珍しくカツ丼でした)は冷めていたけれど。

薬って

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点滴が終わって、薬の副作用第2派が出始めました。

全身の倦怠感と頭の重さにおそわれています。それに、体が痛い。皮膚の下の脂肪層なのか筋肉なのか、何かに触れると痛い。こういう反応って、人によって、そして毎回違うらしいので耐えるしかありません。

今日は晴れて新宿副都心のビル群がきれいです。
朝、同室の人に都庁舎を教えていたら、担当医が現れて「あれなんですか、見えるんですね。」って、毎日仕事しているのに意外に知らないんですね、外の景色。ここからだと都庁ビルは高層ビルとビルの間の隙間からしか見えないので、意識してみないと分からないのかもしれませんが。

キャンドルサービス

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昨夜、入院中の病院で一足早いクリスマスのキャンドルサービスがあった。
看護学校の生徒さんたちが手に手にキャンドルを持って、「もろびとこぞりて」と「きよしこのよる」を歌ってくれた。入院中の患者も部屋の照明を消して廊下に出て一緒に合唱。一人一人のベッドに手作りのカードが置かれた。
今でもやっているんですね。

配られた「きよしこのよる」の歌詞を見ると、重松清の「きよしこ」を思い出してしまう。主人公の少年が「きよしこのよる」の歌詞を勝手に解釈して「きよしこ」という自分に似た名前を持った自分だけの友達を想像する。「きよしこ」の夜。

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点滴

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昨日から点滴治療が始まりました。まだ心臓の精密検査が終わっていないのに、見切り発車です。
同時に副作用の不眠も始まった。病院の消灯は午後10時で10時過ぎに睡眠導入剤を飲むのですが、3〜4時間で目が覚める。

病院は24時間誰かが活動している場所で、どこかが明るくどこかで音がしている。勿論同室の人の点滴警報音等々静かな環境ではない。ああ、自分のベッドで寝たい、と思いながら暗い中転々とする。

目が覚めても照明は点けられないので、起床までの3〜4時間iPod touchに入れてきた音楽だけが頼りです。昨夜は密かにゲームもしていたけれど。

今日の昼食はオムライスでした。こんな事で少しテンションがあがる。

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病院

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入院して3日、一応の検査が終了しました。

私の持病は大きい括りでは「膠原病」の中に入るのですが、膠原病は実に様々な病相があり、私のは中くらいの括りで「強皮症」。強皮症もまた様々な病相があります。私の主立った症状は「間質性肺炎」で、強皮症の代表的な症状はほとんど無い。病気の分類ってたぶん治療する側の都合によってされているのじゃないかと思ってしまいます。

私の間質性肺炎が見つかったのは11年前。定期検診のレントゲンで結核を疑われ、精密検査の結果「間質性肺炎」と診断されました。その数年前から「レイノー症状」(レイノー症状とは手や足の小さな動脈の血流不足が発作的に発症し冷感や皮膚色の変化が現れることを示す。原因は明らかでない。)が寒い時期に出ていたので、「自己免疫疾患」があると診断されていました。「間質性肺炎」そのものは活動性があるかどうかを入院検査して活動性が低いと判断され、治療も投薬もなく定期的に検診を受けるだけの10年間を過ごしました。疾病者の約8割が徐々に進行するらしいのですが、私の病巣は10年間全く動かず、私自身も油断していた去年肺炎から進行してしまいました。そして、今度の入院です。気持ちもすっかり病人になってしまいそうです。

引っ越しなどの変化とストレスがいけない、と主治医に言われました。今年の自宅改装で2度も引っ越ししていたし、いろいろ新しいことを始めたりしていたのですから、全く油断です。

入院中の救いは私のベッドが窓側で、その窓からは新宿副都心の高層ビル群がきれいに見えることです。朝日に輝き、もやに霞み、トワイライトタイムには幻想的なドラキュラでも出てきそうな雰囲気。そして夜景です。ご飯がもう少し美味しいといいんだけれどなぁ。

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入院

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元々持病持ちで、定期的に病院での検査は欠かせません。昨年夏肺炎から持病が悪化して入院したときから、2ヶ月ごとに検診を受けてきました。
11月11日に定期検診に行ったときには、数値はさほど悪くなく、また2ヶ月後の検診を予約して帰ってきたのですが、それから徐々に体調が悪くなってきました。変化があったらすぐに受信しなさいと主治医には言われていても、どの程度まで具合が悪くなったら定期でないときに病院に行けばいいのか、その判断が難しい。
12月12日から、連れあいが暮らす上海に荷物整理に行く予定があり、上海に行っても大丈夫なのか見てもらった方がいいと決心して、8日にいつもの病院の緊急外来に行きました。そこで種々の検査を受けたところ、普通98%以上なければならない血液中の酸素濃度が66%まで落ち込んでいることが判明。緊急外来の先生曰く「60%を切ると窒息です」。怖い。旅行は無理、と言われました。
2日後、主治医の診察を受けて、検査と治療のための入院が決まりました。
持病がCTではそれほど悪化しているように見えないので、入院したら酸素濃度が著しく落ちてしまった原因を探しながら治療するそうです。はっきりしない状態と「60%を切ると窒息です」は私がビビルに充分。
 入院の荷物をまとめながら、この荷物も一人では運べないことに思い至り、かといって、減らしてしまうと、途中取りに戻るのも無理そうです。


暗い話題ですいません。
入院中、面白いことに出会ったら、また書きます。

ギャラリー悠日

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今週月曜日、ギャラリー悠日で開かれる「渋谷クラフト倶楽部展」搬入に宇都宮まで行ってきました。
荷物を多めに載せられる義兄の車を借用し、朝9時半に共同制作者T氏と工房を出発。外環自動車道から東北自動車道へ。羽生インターの手前あたりで下からガタガタという音が…。路面かな?それにしては変だ、と思っている内にひどくなり、路肩に寄せて止めて見ると左後ろから白煙が出ている。
パンクでした!パンクなど、とても久しぶりの経験です。
JAFに電話すると、50分後に行くが、車から降りてガードレールの外で待つように言われた。走行している車がつっこむ事故がまれにあるそうで、寒くても車の外で待つようにと繰り返し言われる。
そうこうしているうちに、道路公団の車が来て、カラーコーンを設置。30分くらいでJAF到着。緊急発煙筒を何本も点けて、タイヤ交換を開始。
スペアタイアを見て驚いた。ホイールは普通なんだけれど、ゴムの部分がペッチャンコ。取り付けた後コンプレッサーを持ってきて空気を入れふくらませる。取説見て空気圧だのボルトを締める強さだのを確認しながら。これって、自力ではタイヤ交換できないってことですよね。
T氏と、高速道路の電光掲示板やカーナビに私たちの車「故障車あり」って出たね、と笑った。

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 宇都宮には予定より1時間遅れで到着。夕方までかかって設営してきました。暖かく天気のよい日でよかった!
ギャラリー悠日は大谷石の壁に木造の屋根の倉庫を改装した大きな建物。建物に趣があって、私たちが設営した作品はちょっとかわいらしすぎたかな?と。でも、大きな作品は大きな場所に置きたい。

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